(3)達弥西心のわかりやすい話「自分と会話する法」

達弥西心のわかりやすい話「自分と会話する法」

●自分に聞くしかない(2/2) - HMU 達弥西心

善でもあるし、悪でもある。善でもないし、悪でもない。そんな微妙なバランスの上に、私たち人間は生きています。私たちは善人でもないし、悪人でもない。人間です。

その私たち人間が生きているこの世の中は、善か悪かで、厳密に判定されています。はっきりと評価されています。この世の中では、善か悪かで区別される私たち自身が、実際には善か悪かの認識を持たないまま、持てないままに生きているのです。

だからこそ、自分に聞くのです。自分に聞くしかないのです。自分に聞いて、自分で答えを出すしかないのです。

私たちは、善い人間でもなければ、悪い人間でもありません。自分に聞いて答えを出すしかないのです。自分に聞く、その相手は自分自身です。自分のこころは、自分自身である根源です。他の誰とも同じではない、自分自身に聞くのです。答えは自分が知っているのです。

自分の出した答えは、自分において正しいのです。

●自分に聞くしかない(1/2) - HMU 達弥西心

自分と会話するということは、「ほんとうの自分はどうしたいと思っているか」を聞くことです。どんなときも「自分に聞くしかない」、そのわけがあります。ひとつの例をあげてみます。

ある人が買い物に行って、200円のものを店員のうっかりミスで150円しか支払わなかったことに、店を出たあとで気づいたとします。そんなとき、どうしたらいいでしょうか。

・差額の50円を返すために店へ戻る

・知らん顔をして、そのまま家に帰る

その時、その人がこころの中でどう思うかは別にして、その人が取る行動は、その二つのうちのいずれかでしょう。

差額の50円は、本来自分が得るべきではないのだから返すべきだと答える人は多いでしょう。あるいは、間違えた店員が悪いのだからそのままで良いと答える人もいるでしょう。

でも、本当はどうするのが良いのかと尋ねれば、やっぱり50円は返すべきだと答えるでしょう。

さらに、もしあなただったらどうしますかと尋ねれば、大半の人が50円を返しに行くよと答えるでしょう。50円は返すべきだとわかっている。自分だったら絶対に返しに行くと答える。

しかし、そうわかっていても、たとえそう答えたとしても、実際に返しに行く人は少ないのです。そのまま知らん顔をする人が、圧倒的に多いのです。これは善でしょうか、悪でしょうか。

たった50円、極端にいえば1円だったとしても、その差額をどうするのが善で、どうするのが悪なのか。それすら、わからないのです。また、たとえわかっていても、そうしない自分、そうできない自分は、いったい善人なのでしょうか、悪人なのでしょうか。

●もう一人の自分が確かにいる(4/4) - HMU 達弥西心

自分と、もう一人の自分が意気投合したときに、私たちのこころは手放しで大喜びします。私たちは最高の喜びを感じます。

私たち人間がこの世を生きる目的は、実は、自分ともう一人の自分との意気投合にあるのです。この意気投合の瞬間をできるだけたくさんつくりだすことが、私たち人間の、この世での大きな仕事のひとつです。

HMU 達弥西心

●もう一人の自分が確かにいる(3/4) - HMU 達弥西心

路上に散らかっている紙くずやタバコの吸い殻、放り捨てられた空き缶を横目で見やりながら通り過ぎようとした瞬間に、こころがチクリと傷んだのはなぜでしょう。黙って通り過ぎた自分のことを見ている人は誰もいなかったのに。

買い物をして間違って余計に受け取ったおつりを手にしたとき、引き返して店の人に正直に告げるべきか、どうかを悩むのはなぜでしょう。ほんのわずかの金額なのに。店の人はそれに気づいていないのに。

誰かにプレゼントをしようと思いを巡らしはじめたとき、こころが浮き浮きしてくるのはなぜでしょう。まだプレゼントはしていないのに。

すれ違う誰かに、こちらから思い切って大きな声で挨拶をかけることができたとき、こころがわけもなく踊るのはなぜでしょう。たったそれだけのことなのに。

花はなぜ美しいのか、なぜきれいだと感じるのか、誰から教えられたわけでもないのに、自然にそう思います。大人たちがそう感じるように、子どもたちも大人が教えてやったわけではありませんが、きっとそのように感じているはずです。

嬉しいと思わず笑顔がこぼれます。悲しいと涙が出ます。他人に親切をしたとき、こころがわけもなく喜びます。誰が教えてくれたわけでもありませんが、自然にそうなります。

こころがわけもなく嬉しいのは、魂が喜んでいるからです。こころがわけもなく悲しいのは、魂が悲しんでいるのです。確かに自分の中に、もう一人の自分がいるのです。

(続く)

●もう一人の自分が確かにいる(2/4) - HMU 達弥西心

自分自身と会話ができますか。自分のことを自分自身に聞いてみたことがありますか。どんなことを思っていますか。どんな生き方をしたいと思っていますか。

自分の魂と会話する。自分のことを自分自身に聞いてみる。そうすると答えてくれます。確かに自分の中にもう一人の自分が、たしかにいるのです。

(続く)

●もう一人の自分が確かにいる(1/4) - HMU 達弥西心

誰もが自分のことは自分がいちばんよく知っていると思っています。本当にそうでしょうか。

分かっているようで分からないのが自分のこころです。何を考えているのか、自分で自分のことがよく分からないままに生きています。

(続く)

●自分主義はたましい主義 - HMU 達弥西心

自分通りに生きていくことです。それを魂が願っています。

自分通りに生きていくことと、わがままに生きていくことは、まったく違います。私たちの魂は、わがままに生きていくことを願っているのではありません。


「自分のことは自分のこと。自分ひとりで決めるんだ。他人にはまったく関係のないことなんだ。」
この言葉をやさしい口調で、かみしめるように言ってみてください。次に、強い口調で、突き放すように言ってみてください。
同じ言葉でありながら、意味が全然違ってきます。
自分通りに生きていく生き方は、最初のやさしい生き方です。突き放す口調は、わがままな生き方です。


自分を信頼して、自分に期待して、わがままではなく、自分通りに生きていくことです。自分を信頼すれば、自分に期待すれば、もっともっと自分はがんばってくれるはずです。

あてにならない他人に期待するよりも、自分に期待する方がずっと確実なことだけは確かです。

私たちが期待する「自分」とは、自分の魂のことです。自分主義とは、自分の魂を信頼して生きていく、「たましい主義」ということなのです。

HMU 達弥西心

●もう一人の自分のいう通りに生きてみる - HMU 達弥西心

私たち人間がこの世に現れるのは、こころの次元を上げていくためです。
私たちがこの世に現れることができたのは、こころの次元を上げていくチャンスを与えられたからです。それが私たちの使命でもあるのです。

どうしたらこころの次元を上げることができるでしょうか。
もう一人の自分、ほんとうの自分のいう通りに生きてみることです。つまり、自分通りに生きていくことです。そうです。魂のいう通りに生きてみることです。魂は、宇宙の法則をよく知っているからです。それを私たちに教えてくれようとしています。

さて、具体的にどうしたらいいでしょう。
その最初の実践は、「一日十善」です。一日に十個、善いことをするのです。
一日一善というと、時代遅れの道徳か、古くさい倫理を持ちだしているようですが、これは十善です。これが実践できるようになれば、大丈夫です。

空き缶や吸いがらはクズカゴヘと呼びかけても捨てる人はあとを絶ちません。奉仕活動で片付けても、きりがありません。
奉仕活動だから拾うのではなく、一日一善と決めたから拾うのでもなく、一日に三善くらいやっているといいことが起こるかもしれないということで拾うでもなく、そうするのが当たり前だから拾う、片付ける。
ふと気付いたら、すぐにその場で、何も考えず、何も見返りは期待せずに、人間だから当然だという思いだけで、ただ淡々とやりつづけること、それが一日十善の意味するところです。十個をカウントしながらやるのではなく、それを大きく超越して、ただ気がつくままにやり続けることがコツです。これが大きな幸福への確かな第一歩です。

それができたら始める前の掃除です。ちらかってから片付けるのではなく、仕事に取りかかる前にきれいに掃いて、拭いて清めるのです。
まず玄関、トイレ、外回り、自分が今日一日使う机の上、電話。一心不乱に掃き清め、拭きあげ、磨きあげるのです。

たかが一日十善、されど十善。これは案外ハードな修行です。磨きあげながら、自分のこころが磨かれて、少しずつ輝き始めるのがよく分かります。
そうしていると、もう一人の自分が嬉しがっているのが、少しずつ実感できるようになります。私たちのこころの中で魂が動き始めたのです。不思議かもしれませんが、事実です。

実践した人だけが分かることです。

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●融け出していく - HMU 達弥西心

みぞれ混じりの冷たい雨が降った夜、明けたら静かな寒い朝。窓から見える街の景色は息をひそめて止まっているかのよう。鳥たちだけが元気に飛び交っている。やがて陽が昇ってくると、凍りついたような景色が少しずつ融け出していく。この僅かずつの変化が私は好きだ。

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●確かなこと - HMU 達弥西心

雨が降っている。雨だれが落ちている。川が流れている。若葉が萌えている。小鳥がさえずっている。静かな朝。

待たねばならないこともある。許さなければならないこともある。

ただ、今日も旅支度をして歩き始めなければことだけは確かなこと。

雨も上がった。

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