自分はいったい誰なんだろう
ほんとうの自分はいったいどこにいるんだろう

こんな疑問をもったことはありませんか。私、達弥西心が説く「ひとり歩き」の生き方提案は、こんなところから始まります。

まわりを横目で見ながら、真似してなんとか適当にやっているけど、どうも少し違う。何かが違う。自分には自分の生き方があるような気がするけど、よくわからない。
自分はいったい何だろう。

あなたは誰ですかと聞かれれば、私たちはきっと自分の名前を名乗るでしょう。でも、名前は、自分の呼び名にすぎないことを、誰よりも自分がいちばんよく知っています。私は私であり、あなたはあなた以外の誰でもない、誰もがみんな、ひとり一人違っています。

そこが出発点です。人生の旅の出発点です。ひとりに一つずついのちを与えられて歩いていく、人生の旅の出発点なのです。

十人いれば十通りの生き方があります。それぞれ十通りの出会いがあり、十通りの感動や感激があるはずです。それが、一人にひとつずついのちを与えられていることの意味なのです。
誰もがみんな、それぞれ懸命に生きています。誰の人生でもなく、自分自身の人生を生きているのです。

自分のために生きる。自分のために懸命に生きる姿こそ、自分のほんとうの姿です。私たちはただ淡々と、自分のために生きていけば良いのです。
自分通りに生きていけば良いのです。

ほんとうの自分、もう一人の自分がこころの中にいることを、私たちは何となくわかっています。
ほんとうはどんな生き方をしたいのか、みんなよく知っています。
もう一人の自分、本当の自分に正直に生きていきたいはずです。こころ豊かに,こころ穏やかに、淡々と生きていきたいはずなのです。

その本当の自分にたずねて、自分の生き方を自分で決めていくことを「ひとり歩き」と呼んでいるのです。